赤ちゃんを迎えてからの1年は、想像以上に濃く、重く、苦しい日々でした。本当は子無し夫婦として自由に暮らしたかった、という後悔と葛藤を抱えています。共働きで赤ちゃんの世話をすることの大変さ、少子高齢化社会で子育てする現実、公共施設等で感じる不便、将来への不安…。これらを自分の経験とともに、最新の統計データを交えて振り返ります。

少子高齢化と出生数の現状

まず最初に、日本の人口・出生数の最新データを見ておきたいと思います。これが、「赤ちゃんを育てる社会」がどれほど厳しい状況に置かれているかを示す背景になります。

2025年上半期(1~6月)の日本の出生数(外国人を含む速報値)は、前年同期比で ▲3.1%減 の約 34万人 でした。これは「過去最少」であり、年全体で見ると、日本人の出生数は約 66万人程度 にまで落ち込む見込みです。

また、2024年には出生数が 720,988人 となり、記録が残る中では最も低い水準を更新しました。前年からの減少率は約 5%。少子化の流れが止まるどころか、加速している様子が数字からよくわかります。

日本の総人口は2025年8月時点で約 1億2,330万人。前年同月比では減少しており、15歳未満人口は 1,367万人 と、前年同月比で ▲35万人(▲2.50%) の減少。65歳以上人口は 3,618万人を超えており、高齢者の割合が引き続き高いままです。

これらの数字を前にすると、「少子高齢化社会で赤ちゃんを育てることは大変だ」ということが、感覚だけでなく現実データとしても受け止められます。

本当はDINKsとして人生を送りたかった

赤ちゃんを迎える前の私たちは、DINKs(Double Income, No Kids)としての生活を想定していました。共働きで収入は二人分あり、趣味や旅行、友人との時間、休日の過ごし方を自由に選べる。将来の貯蓄や老後準備に余裕を持たせる。子どもを持たない選択肢も十分現実的だと思っていました。

しかし、現実に赤ちゃんを迎えると、自由というものは大きく削られました。時間の自由、睡眠の自由、自分自身の「余裕」が次々となくなっていきます。DINKsとしてのライフスタイルは幻想であったのかもしれません。もちろん、赤ちゃんがいることで得られる喜びや学びもあり、それがあったからこそ選んだ道ではありますが、「可愛いだけで人生を大きく変える準備があるかどうか」は、DINKsで自由を謳歌していたときには考えもしなかった問いでした。

共働きで赤ちゃんの世話をするのは大変

共働き家庭としての子育てには、「時間」「体力」「心」の3つのリソースが求められます。赤ちゃんの夜泣きや体調不良は予測できないし、それが頻発することで仕事に支障あって当然です。

妻は保育園への迎えや家での看病で何度も早退・欠勤がありました。仕事と育児を切り替えるストレスは想像以上です。心身が疲れても、「ちゃんと仕事をしなきゃ」「家庭も回さなきゃ」というプレッシャーがのしかかります。

また、保育施設の利用者数が2025年にピークを迎えると予測されている「保育の2025年問題」があり、これも共働き家庭にとっての負荷を増やす要因です。保育施設の定員・職員配置・施設運営などが、このピーク期を乗り切るためにタイトな状態にあるという指摘があります。

保育園を利用する際の経済的・手続き的負担も小さくありません。例えば、「幼稚園・保育所・認定こども園等の経営実態調査」(令和6年度)のデータでは、保育所・認定こども園等の職員の給与水準・人員配置の状況が自治体や施設によってかなり差があることが分かっています。収入が高くない家庭ほどその差が家計に響きます。

少子高齢化社会で赤ちゃんを育てることの重み

出生数の急激な減少、人口構成の変化は、赤ちゃんを育てる家庭の環境を取り巻く現実を変えています。人手不足、社会保障の財政圧迫、地域コミュニティの縮小など、個人の努力だけではどうしようもない課題が増えてきています。

駅など公共のインフラでの不便さもその一端です。ベビーカーを押して駅へ向かうと、エレベーターは高齢者が優先で満員のことが多く、乗れるまで待たされるか、階段を使うしかない状況もあります。混雑時間帯にはそれだけで体力と時間が消費されるので、外出の準備や移動が億劫になります。

また、公共施設のバリアフリー対応や親子トイレ・授乳室・おむつ替えスペースの完備など、「子育て世帯に優しいインフラ」が十分とは言えない場所も少なくありません。

保育園は風邪ウイルスの温床

保育園での感染症の頻度と、その影響は、共働き家庭にとって無視できない問題です。

日本小児科学会が2025年4月に出した「学校・幼稚園・認定こども園・保育所で予防すべき感染症の解説」によれば、集団生活の場では呼吸器系感染症や消化器系感染症の広がりが予想されており、飛沫感染・接触感染の対策が重要とされています。手洗い・消毒・換気・食事の衛生管理などがガイドラインで明示されています。

保育園では「保育所における感染症対策ガイドライン」「食事提供ガイドライン」など、厚生労働省および自治体のルールが定められていますが、実際にはその徹底度が施設によってばらつきがあり、感染症が流行するときには予防が追いつかないこともあります。ぬいぐるみ・おもちゃ・布製マットなどの洗濯・消毒が不定期、換気や共有部分の清掃が十分でないなどの声もあります。

こうした感染症の頻発は、親の仕事・睡眠・体調にも影響します。欠勤・早退・夜の看病など、育児と働く生活の「切れ目のない」ストレスが増えていくのです。

「可愛い」だけでは乗り越えられない子育て

赤ちゃんの笑顔や寝顔、初めての言葉や仕草…それらは確かに育児の喜びを支える大きな動機になるかもしれません。しかし、可愛いだけでは夜泣きや睡眠不足、家事・育児・仕事の三重苦を乗り切ることはできません。

実際、育児と仕事を両立させている親たちの多くが「自分の時間が全くない」「心身ともに疲れている」と感じています。心が折れそうになる夜、「果たしてこの選択は間違っていたのか」と思うことがあります。

自由に使える時間や趣味・自己投資の時間がほぼゼロになる現実。「可愛い」という感情だけで頑張れるのは、他に支えがある場合に限られるのではないかと思います。

将来への不安

将来について考えるとき、以下のような不安が常に頭の中にあります。

まず、教育費の見通し。2025年時点でも幼稚園・保育所の利用料や認定こども園などの補助制度がありますが、費用の上下が自治体・施設によって大きく異なります。職員の給与や設備水準が低い施設では手を抜かざるを得ず、その差が結果として子どもの安全・快適さに影響します。

また、出生数の減少=将来の労働人口の減少という構図は、年金・医療・社会保障制度の維持にも関わってきます。日本の2025年8月時点の統計では、65歳以上の人口は3,618万人を超え、高齢者の割合が非常に高い状態が続いています。人口推計でも総人口は減少が続く見込みです。

職場での育児への配慮が不十分なことも不安材料です。時短勤務・育休取得などの制度はありますが、それを実際に使うことでキャリアに影響が出るという懸念や、職場の理解度・働き方の柔軟性に差があることを体験的に感じます。

赤ちゃんを育てて1年:私が感じたこと

夜泣きが続くと睡眠時間が断片的になる。朝になっても疲れが取れない。共働きで働く妻は、朝の準備・保育園への送り・仕事・夕方の迎え・家事・夜の育児、とスケジュールがぎゅうぎゅう詰めになる。

駅でベビーカーを押していると、エレベーターは高齢者に譲る空気が強く、本来使いたい時間に使えないこともしばしば。混雑していると階段を使うしかなく、それが体力と時間を大きく消耗させる。

保育園に入れてみて初めて気づくのは、感染症の「見えない負荷」。風邪・下痢・発熱・咳のミックスみたいな症状がくり返し来訪し、そのたびに仕事を切り上げたり、夜中に看病したり。外出を控える日も増える。

そして何より、将来の見通しがまだ見えないこと。「この子が大人になる頃に、この社会はどんな状態か」「教育費・医療費・社会保障費はどうなるか」という問いが常に頭にある。

社会への望みと願い

こうした現実を持ちながら、赤ちゃんとの生活には確かに希望もあります。可愛いと思える瞬間、成長を間近で見ることができること、家族としてのつながりが深まること。これらは何物にも代えがたい宝かもしれません。

ただ、それだけでは足りない。共働き家庭がもっと「子育てしやすい社会」となるために、以下のような変化を望みます:

  • 保育園・認定こども園の衛生管理基準の強化と徹底。感染症予防のためのガイドラインを全施設が遵守すること。
  • 公共インフラの改善。駅・バス・公共施設でベビーカーが安心して移動できる動線やエレベーターの配備を増やしてほしい。
  • 職場文化の改善。時短勤務・テレワーク・育休などの制度が名ばかりでなく実際に使いやすい、キャリアにマイナスを与えないものになること。
  • 教育費・保育費補助の均一化と見通しの明確化。地域による格差を減らし、将来かかる費用が予測できるようにしてほしい。
  • 社会保障制度の将来性を明確に示してほしい。人口が減る中で、年金・医療・介護がどう維持されるのか、親として安心できる情報と政策を。

おわりに

赤ちゃんを迎えて1年。本当はDINKsで自由に生きたかった思いと、この選択をしたからこそ得られる喜び・学びとが混じり合っています。共働きで赤ちゃんの世話をすることの大変さ、少子高齢化社会で育児をすることの重みに、公共機関の不便さや保育園での感染症リスクが重なっています。

「可愛いだけで子育てはできない」という現実を、受け入れつつも、この子と過ごす時間は確かな希望でもあります。将来への不安は消えるものではありませんが、声を上げたり選択を慎重にしたりすることで、少しでも安心できる環境を積み重ねていきたいと思います。

赤ちゃんを迎えて1年が過ぎた今、自分自身の覚悟と社会の責任の両方を考えながら歩んでいきたい。この記事を読んでくれたあなたにも、もし同じような思いがあれば、ひとりじゃないということを伝えたいです。